はじめに
苗木城の天守台に立つと、眼下に木曽川が見える。
冬の夜明け、空がまだ深い青のうちに山頂へ上がると、山の稜線から太陽がのぼる瞬間に出くわすことがある。光が川面に届いたとき、水は一瞬、金色に変わる。その色は長くは続かない。気づいた人だけが見られる、朝のほんの数分間の出来事だ。
この景色を見るたびに思うことがある。
あの川は、どこから来るのだろう。
木曽川の源流は、長野県の鉢盛山、標高2446メートルの山頂付近にある。そこから南へ、東へ、西へと蛇行しながら流れ下り、三重県桑名市で伊勢湾に注ぐ。全長229キロメートル。その流域面積は約5,275平方キロメートルにのぼる。
私はその川で12年間、カヤックのガイドをしてきた。延べ20,000人の参加者と水の上に出た。学生の競技時代を含めるとおよそ20年弱、木曽川に乗っている。
川の顔を、季節ごとに、天気ごとに、年ごとに見続けてきた。
そして気づいた。川を知るためには、山を知らなければならない、と。
これは、その話だ。
一 川は、山の履歴書だ
カヤックを漕ぐとき、私は水の色と濁りをまず確認する。
透明度が高ければ、上流で雨が少なかったか、あるいは森が水をしっかり蓄えていることを意味する。茶色く濁っていれば、雨が降ったか、どこかで土砂が流れ込んでいる。緑がかった濁りは、植物性プランクトンが増えているサインで、水温が上がっているか、栄養分が多すぎる可能性がある。
川の水は、嘘をつかない。
上流で起きたことが、そのまま下流に届く。森が健全であれば、雨水は地中にゆっくりと浸透し、時間をかけてろ過され、湧き水として川に出てくる。その水は澄んでいて、冷たく、ミネラルを含んでいる。一方、森が荒れていれば、雨水は地表を一気に流れ、表土を削りながら川に入る。濁った水、温度が高い水、栄養バランスの崩れた水が流れ込む。
川は、流域全体の山の履歴書だ。
私がそのことを体感として理解したのは、ガイドを始めて数年が経った頃だった。大雨の後、いつも通るルートの川が、見たことのない濁り方をしていた。水面には流木が浮かび、川底の石が見えなかった。魚の気配がなく、カワセミも飛んでいなかった。
翌日、上流を歩いた。一か所、急斜面が大きく崩れていた。植林されたスギが密集し、下草が育たず、根が浅くなっていた場所だった。雨水が地中に入れず、表層を流れ、斜面ごと崩落させたのだ。
その光景が、私の中で何かをつないだ。
川を守りたければ、山に入るしかない。
二 森が水をつくる
森は、雨を受け取る器だ。
葉が雨粒を受け、幹を伝い、落ち葉の層がスポンジのように水を吸い、菌糸のネットワークが地中深くへ導く。健全な森では、降った雨の多くが地下水となって蓄えられ、乾季にも少しずつ川へと染み出し続ける。これが「緑のダム」と呼ばれる森の機能だ。
ところが、この機能は当たり前には維持されない。
日本の山林の約40パーセントは人工林だ。戦後の拡大造林政策によって植えられたスギやヒノキが、いま一斉に高齢化している。適切に間伐されれば、人工林も水源涵養の機能を発揮する。しかし管理が行き届かなければ、樹冠が閉じて林床に光が届かず、下草が消え、根が浅くなり、土が締まって水を通しにくくなる。
林床に光が差し込む森と、真っ暗な林の中では、土の性質がまるで違う。明るい林床には多様な植物が育ち、昆虫が集まり、鳥が来る。落ち葉と枯れ枝が積み重なり、菌類と細菌が分解し、土壌が豊かになる。豊かな土壌は、スポンジのように水を蓄える。
つまり、生物多様性と治水機能は、同じ根を持っている。
多様な生き物が棲める森が、水を守る森でもある。このことを、山に入るたびに確認する。チェーンソーで木を伐り、光を入れ、切った材を搬出し、林床に草が生えるのを待つ。その繰り返しが、下流の川の透明度に、数年後に現れてくる。
目に見えない時間の積み重ねが、川の顔をつくっている。
三 川は何を運ぶか
川は、物質を運ぶ。
※写真添付
↑ウチの池で捕まえた
準絶滅危惧のヒダサンショウウオ
落ち葉が川に入る。川虫がそれを食べる。川虫を魚が食べる。魚をカワセミが食べる。カワセミの糞が森に落ち、種を運び、木が育つ。
この循環は、陸と水の境界を行き来しながら、ひとつの大きな輪を描いている。森は川を育て、川は森を育てる。山と川は分断されていない。ひとつながりの生命系だ。
生態学の言葉で「河畔林」と呼ばれる、川岸の木々がある。
川岸の木は、日陰をつくって水温の上昇を防ぎ、根で護岸し、落ち葉で川虫の餌をつくり、倒れれば流木となって魚の隠れ家になる。河畔林が失われると、水温が上がり、生き物の多様性が急速に失われる。コンクリートで固められた川岸には、河畔林が育たない。整備された、清潔な川は、実は生き物にとって棲みにくい川であることが多い。
木曽川を長年見てきて、生き物の豊かな場所には共通点があることに気づいた。川岸に草と木が残っている場所だ。人の手が入りすぎていない場所に、アユが集まり、カワセミが来て、川底には多様な川虫が棲んでいる。
川が豊かであることと、管理されすぎていないことは、同じことの裏表だ。
四 土壌という名の宇宙
山に入って最初に学んだことは、土の複雑さだった。
※写真添付
一握りの森の土には、数億から数十億の細菌が棲んでいると言われる。菌類の菌糸は、木の根と共生関係を結び、栄養を交換し、木々の間で情報をやり取りするネットワークを形成している。「ウッドワイドウェブ」と呼ばれるその仕組みは、森全体をひとつの生命体のように機能させている。
土壌の健康が、森の健康だ。そして森の健康が、川の健康だ。
農薬が土壌細菌を傷つけ、重機が土を締め固め、表土が流れれば、この精緻なネットワークは一瞬で壊れる。しかし逆に、適切な管理によって光が入り、落ち葉が積み重なり、生き物が戻れば、土は数十年かけて少しずつ回復する。
自然には、回復する力がある。ただし、時間がかかる。そして、完全には元に戻らないこともある。
だから、壊す前に考える必要がある。
カーボンオフセットの文脈で、森林の炭素固定機能が注目されている。木が光合成によってCO2を吸収し、幹や根や土壌に炭素として蓄える。その機能を数値化し、経済的価値に変えようとする試みだ。考え方としては正しいと思う。しかし現場から見ると、数値に還元できない豊かさが森にはあることも、同時に伝えたい。
炭素の量だけでは測れない、土の匂い、菌糸の広がり、野鳥の声の種類と数。それらがすべて揃っているとき、その森は本当の意味で健康だ。
五 川で覚えたことを、山に返す
私がボートを始めたのは、競技としてだった。
※写真添付
タイムを削るために、水をつかまえ、水面を駆け抜ける。
海が近いと塩分濃度の差なのか水が重く、手のひら反動がある…
川の流れ、濁り、におい、風の流れ、雨の予測…
体で覚えた感覚は、
今もガイドとしての基盤になっている。
川を体で知っている人間は、川に何かが起きたとき、それを感じ取ることができる。
水の色の微妙な変化、匂い、流れのリズムの狂い。測定器より先に、体が気づく。
しかし、気づいても、川だけを見ていては何もできない。
川の問題は、川の外に原因がある。だから山に入ることにした。苗木城山谷渓谷保全会という組織をつくり、仲間と一緒に竹林の整備を始めた。放置された竹藪は、急速に広がり、在来の広葉樹を駆逐する。竹は根が浅く、土をしっかり保持できないため、斜面崩壊のリスクを高める。そして、竹林の下には下草が育たない。
竹を伐り、光を入れ、在来種の実生が育つのを待つ。その作業を繰り返しながら、森が少しずつ変化していくのを見ている。3年経って、鳥の種類が増えた。5年経って、川底に川虫が戻ってきた。
数値では表しにくい変化が、確かにある。
六 指標生物という名の報告書
自然ガイドとして、私は生き物の顔ぶれを定点観測している。
※写真添付
↑天然記念物のニホンカモシカの親子
子供が産まれた顔見せに来てくれた
我が家の池にシュレーゲルアオガエルが来る。清流と豊かな草地を好む、環境省のレッドリストに載る種だ。小川にサワガニがいる。きれいな水にしか棲めない、水質の指標生物だ。梅雨にはヒキガエルが現れる。農薬に敏感な、陸の指標生物だ。山ではオオルリが巣をつくった。昆虫が豊富な環境でしか繁殖しない夏鳥だ。
これらの生き物の存在は、環境白書より雄弁に、この土地の現状を語る。
生物多様性条約の昆明・モントリオール枠組みが掲げる30by30目標は、2030年までに陸と海の30パーセントを健全な生態系として保全するという約束だ。その数字の意味を、手のひらのサワガニが、条約の文章より先に教えてくれる。
生き物がいることが、正解だ。
数値目標は大切だ。しかし、現場では数値より先に、生き物の気配が変わる。その変化を読める人間が、もっと増えてほしいと思う。自然体験の場をつくってきた理由の、その奥底にあるのは、そういう願いだ。
七 川は、人をつなぐ
木曽川を下るとき、私は川の上流を想像することがある。
今流れているこの水は、どの山から来たのか。どんな森を通って、どんな土にしみ込んで、どんな生き物のそばを通って、ここまで来たのか。
川は、場所と場所をつなぐ。
同時に、川は時間をつなぐ。
苗木城の天守台から見下ろす木曽川は、江戸時代も同じ場所を流れていた。中山道の旅人が渡り、木材を筏で運び、人々の暮らしを支えた川だ。その水が今も流れていることの、当たり前のようで、当たり前ではない奇跡を、カヤックの上で時々思う。
これからも、この川を流れ続けさせるために、何ができるか。
答えは、複雑ではない。
山に入り、森を手入れし、川を知る人を増やし、生き物の気配を伝え続ける。それだけだ。壮大な計画も、大きな予算も、最初は必要ない。ひとりが山に入り、ひとりが川に入り、その体験を誰かに話す。その連鎖が、やがて流域全体の意識を変えていく。
川は、そういうふうにして守られてきた。そういうふうにしか、守れない。
おわりに
苗木城の天守台から、また夜明けを見たいと思っている。
冬の、凍えるような朝に、山を登り、光が来るのを待つ。川が金色に変わる瞬間を、ひとりで見る。
あの川は、どこから来るのか。
山から来る。森から来る。土から来る。雨から来る。菌糸から来る。落ち葉から来る。川虫から来る。カワセミから来る。そして、手を入れ続けてきた誰かから来る。
川は、すべてのつながりの結果だ。
その結果を、澄んだ水の色として、今日も手のひらで受け取っている。
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